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309話 汽笛

last update publish date: 2026-10-21 07:23:18

「それで? 俺たちはどこへ行けば?」

遼大がそう聞く。電話の向こうで千堂弘が笑う。

『すぐに来て頂く訳にはいかないのですよ、私の方もこれからその施術をするので』

そう言われた遼大が腕時計を見る。

「どれくらいの時間が必要なんだ?」

遼大がそう聞く。カチャカチャと金属の器具の音がする。

『そうですねぇ……前回よりも時間がかかるのを考慮すると、一時間、ってところですかねぇ』

タイムリミットが切られた。

一時間……しかも出来るだけその時間内に千堂弘が居る場所へ辿り着ければ、施術自体を止められるか、途中で投げ出させることが可能なのだ。

遼大が静かにスマホを取り出して、音も無く、スマホをタップしている。

居場所の割り出しにかかっているのだろうと思った。

「私たちは今、あなたがどこに居るのか、見当もついていないのよ? そうなると愛沢くるみを救い出すのに時間がかかってしまうわ」

私がそう言うと、電話の向こうで千堂弘が笑う。

『候補地がいくつかに絞れているのでしょう? 順番に当たったとしてもそれ程、時間はかからない筈だ』

千堂弘は私たちの状況を把握しているように感じる。そしてそれを楽しんでいるように
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  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   309話 汽笛

    「それで? 俺たちはどこへ行けば?」遼大がそう聞く。電話の向こうで千堂弘が笑う。『すぐに来て頂く訳にはいかないのですよ、私の方もこれからその施術をするので』そう言われた遼大が腕時計を見る。「どれくらいの時間が必要なんだ?」遼大がそう聞く。カチャカチャと金属の器具の音がする。『そうですねぇ……前回よりも時間がかかるのを考慮すると、一時間、ってところですかねぇ』タイムリミットが切られた。一時間……しかも出来るだけその時間内に千堂弘が居る場所へ辿り着ければ、施術自体を止められるか、途中で投げ出させることが可能なのだ。遼大が静かにスマホを取り出して、音も無く、スマホをタップしている。居場所の割り出しにかかっているのだろうと思った。「私たちは今、あなたがどこに居るのか、見当もついていないのよ? そうなると愛沢くるみを救い出すのに時間がかかってしまうわ」私がそう言うと、電話の向こうで千堂弘が笑う。『候補地がいくつかに絞れているのでしょう? 順番に当たったとしてもそれ程、時間はかからない筈だ』千堂弘は私たちの状況を把握しているように感じる。そしてそれを楽しんでいるようにも。「確かに私たちは候補地をいくつかに絞っているわ。それでもその過酷な施術に愛沢くるみ自身が耐えられるのかは、また別の話よ」私がそう言うと、電話の向こうが急にシンとなった。『検体が耐えられるかは別の話……』千堂弘がそう呟く。きっと千堂弘は分かっていない。人が生きようとするのは本能的な部分も大きいけれど。精神的に壊されてしまえば、それは生きる意味を失くし、生命力もそれに応じて落ちてしまう事もあるのだという事を。『面白い仮説ですね』冷たい声が響く。「仮説なんかじゃないさ、人間はそういう生き物なんだ」遼大がスマホを操作しながらそう言う。「今、目の前でお前がこうして俺たちと話しながら施術を準備をしているこの状況が、お前の大事な検体にどんな影響を与えるか、なんて考えた事も無いんだろうな」ほんの少しの蔑みが混ざる、その言い方に遼大の苛立ちが見える。電話の向こうでふっと笑う千堂弘が言う。『そこはご本人の生命力に賭けてみましょうか』カチャンというひと際大きい音がした後、千堂弘が言う。『そろそろ時間です。私はこれで。健闘を祈ります』電話がプツッと切れる。ツー、ツー、ツー

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   308話 仮説

    千堂弘は私たちが愛沢くるみを大事では無いのか、と聞いた。確かに愛沢くるみは私たちにとって大事な人間だ。それは愛沢くるみが今まで犯して来た罪を償わせる為で、愛沢くるみ自身が大事な訳では決して無い。私たちは愛沢くるみの持っているという特殊な血清に興味なんて無いし、それが手に入ったところで……そこまで考えて、私はある可能性を思い付き、ハッとする。千堂弘がここまで愛沢くるみにこだわっているのは、愛沢くるみからしか採取出来ない特異な血清があるからだ。そして私たちはそれを千堂弘の開発する薬品の一つの駒だと思っていた。でも恒久的にその血清を手に入れる為には愛沢くるみを生かしておく必要がある。だからこそ私たちはそれ程、焦ってもいなかったのだけれど。もしかしたら。私はそう思って、手元のメモ帳にメモを書く。サラサラとメモを書いて、遼大と賀神さんに見せる。メモを見た二人は互いに頷きい合って、私を見る。きっと二人も私と同じ考えなのだと確信する。「愛沢くるみは大事よ。彼女に何かあったら困るわ」私は冷静にそう言う。決して声の調子で私たちの思惑を悟られてはいけない。『そうでしょうね。じゃなければこうして私を追いかけて来る事の意義が無い』千堂弘は冷たい声でそう言い、笑う。(良かった、悟られてはいないみたいね)千堂弘は自分を追いかけて来る事の意義と、そう言った。千堂弘を追いかける事の意義なら、ごまんとあった。開発する事が許されないような薬品を開発し、それがEMSOの地下階に今まだ充満していて、浄化も出来ない。中和が出来ればそれが一番だけれど、それすら出来ずに地下階を封鎖しなくてはいけなくなっている。私たちが分析も分解も出来ない悪魔の薬 ―― レプリトールディザスター。開発したのは千堂弘の異母兄の千堂彰だけれど、千堂弘はその開発を引き継いでいる。だからこそ、愛沢くるみが必要なのだ。長年、その体に愛欲の女王を噴霧し続けてもなお、精神にも体にもほとんど影響の出ていない、その特殊な体質。愛沢くるみの体内で何年もの時間をかけて、生成された特異な“何か”。私たちはそれが何かと突き止めてはいないけれど、それがある以上、千堂弘が愛沢くるみを死なせる事は無い。そして。こうして自ら私たちに接触して来るのは、前回同様、私たちに愛沢くるみを助けさせる為だろう。そしてもう一つ。

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   307話 掛け違い

    私が振り返った事で遼大も賀神さんも私を見る。「どうした?」遼大にそう聞かれて私は言う。「千堂弘から電話よ」そう言うと遼大も賀神さんも驚く。「とにかく、話してみるわ」そう言って私は内線電話の向こうの事務員に言う。「外線に切り替えて」私がそう言うと事務員が外線へと切り替えてくれる。私は素早くスピーカーにする。「はい」私がそう言うと電話の向こうで何かの電子音と、冷たいカチャカチャという金属の音がする。『佐伯燈先生ですか?』ほんの少し笑いを含んだその声は紛れもなく千堂弘のものだった。「そうですが」そう言うと、千堂弘が言う。『急なお電話で驚かせてしまいましたね』私はその場に居た遼大と賀神さんと顔を見合わせる。「お気遣いどうも」私がそう言うと、電話の向こうで千堂弘が言う。『私の居場所は分かりましたか?』そう聞かれて私はその真意を探る。(ここは正直に分からないと言うべき? それとも……)そう思いながら三か所にまで絞った候補施設を見る。遼大が私の手に触れる。私は遼大を見る。遼大が首を振る。「いえ、まだよ」そう言うと電話の向こうで千堂弘がクスッと笑う。『そうですか、天才が三人も集まっているのに、まだ私の居場所が分からない、と』明らかな挑発だった。乗る訳にはいかない。そして今、この場に私以外に遼大と賀神さんが居る事を千堂弘は正確に言い当てた。(そういう意味では、千堂弘は推察に長けているのかもしれないわね)私はそう思いながら聞く。「それで、どうして電話を?」そう聞くと千堂弘が言う。『敵情視察ですよ、私の事をどこまで調べたのか、何が分かっているのか、そして何をしようとしているのかを正確に把握なさっているのかどうか』頭の中で様々な事が過って行く。千堂弘の目的は何?自分の居場所を把握されているのか、それを知る為?自分の目的をこちらが把握しているのかを知る為?「千堂」遼大が言う。『おや、高嶺総帥』千堂弘は遼大の事を高嶺総帥と呼んだ……それは八重樫一晟が遼大をそう呼んでいたからだろう。『ご機嫌いかがですか?』千堂弘は私たちを揶揄っているのだろうか。「機嫌はすこぶる悪いな。おまえのせいで」遼大が少し笑いながらそう言う。電話の向こうで千堂弘も笑う。『さすがは高嶺総帥だ。あなたは本当に抜け目がない』私のすぐ

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   306話 入電

    「この透かしは……」遼大が頭上に掲げた紙を凝視している。「そこに入っているのは固有の文字列、ミラトリウム製薬が個別で持っている、それぞれの識別番号になる」賀神さんがそう言う。「その書面はミラトリウム製薬からの正式なものだ」賀神さんはそう言って遼大に渡した数枚の書類に手を伸ばし、透かしの部分を見比べるよう、促す。「確かに個別の文字列があるな」遼大がそう言いながら個別の文字列を検索にかける。「これがヒントになる?」私がそう聞くと賀神さんが苦笑する。「おそらくは。千堂弘の署名があるという事は、当の本人が少なくともその時、その場所に居た、という事と同義です。つまりは千堂弘がその場所で活動をしていたという事。ラボ一つ一つに千堂弘個人のオフィスがある事を考慮に入れても、それなりに絞る事は可能かと」賀神さんがそう言った後、遼大がタブレットの画面を見ながら言う。「ヒットした」遼大が私と賀神さんにタブレットを見せてくれる。いくつかの施設の名前がある。「これをさっきの地図上に示したものと合わせて……」遼大がそう言いながらタブレットを操作する。さっき絞り込んだ数か所と、今回の透かしの文字列に当てはまる施設が合致していく。「これでもまだ候補がいくつかありますね」賀神さんがそう言う。「あぁ、だが、助けにはなった。いくつかの候補が除外出来たんだからな」遼大がそう言って賀神さんを労う。地図上に示されているプラントの数々。トラックの運搬経路。透かしの文字列による、千堂弘の個人オフィスの絞り込み。EMSOと同等か、それ以上の設備のもの、という推理。ふと、思い付く。「ねぇ、この施設の中で、オンタイムで電力供給量が高い場所を探すのはどう?」私のその一言で遼大も賀神さんも私を見る。「……そうか。愛沢くるみを保有しているなら、今、まさに実験が行われているだろうし、そうであるなら電力の供給量も多い筈……」遼大はそう言ってタブレットを操作する。◇◇◇無力化……無力化……無力化……!!私はツカツカと歩きながら忌々しい思いを噛み潰していた。溶媒を載せた運搬車が事故、一方で愛沢くるみから抽出した変異レセプタータンパクがどうしても言う事を聞かず、私がそれまで開発に膨大な時間をかけて来たレプリトール系の薬品は全て、愛沢くるみの変異レセプタータンパクで無力

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   305話 透かし

    「運転手は……」遼大がそう言いながらタブレットを操作する。「ミラトリウム製薬のトラック運転手で、特に変わったところは無さそうだな」遼大と一緒にタブレットを見ていた私も、書かれている調査を読みながら頷く。「そうね、特に変わったところは無さそうだわ」運転手が何かに関わっていたという事実は今のところ、見えて来ない。私が千堂弘なら?運転手に何かを話す事などしないだろう。千堂弘ほどのマッドサイエンティストなら尚更だ。遼大が溜息をつく。「運転手がベイサイドパイロットプラントの方角から来ているなら、あの辺一帯の捜索をしなければならないが……」そう言いながら遼大がタブレットに地図を表示させる。「ラボが隠されていそうなプラント自体の数が多すぎるな」地図に表示されているプラントの数はかなり多い。「一条さんが言っていたように、あれだけの設備を用意しなければならない事を考慮に入れても、数はまだまだね」私がそう言うと遼大が溜息をつく。「手詰まり、か」そう言う遼大と共に私は地図を見つめる。(何か、何か無いのかしら……)今、この瞬間も愛沢くるみは千堂弘の魔の手にかかっているかもしれない。でもそれも自業自得と言えばそうだとも言える。それでも。私は愛沢くるみを失う訳にはいかない。私の名誉の事なんかどうでも良い。私の評判が落ちた、あの医療過誤の事も、今ではもうどうでも良かった。ただ颯太にした事だけは許せなかった。そして私の子供を失わせた事も償わせなければ。そう思っていると、遼大のスマホが鳴る。遼大が通話のボタンをタップする。「……分かった、送ってくれ」遼大がそう言って通話を切り、私を見て微笑む。「何とかなりそうだ」そう言われて私は聞く。「何が、どうにかなりそうなの?」そう聞くと遼大が言う。「トラックの運搬経路を洗ったんだ。今までの分も含めてね」遼大はそう言いながら送られて来たファイルを開き、タブレットに表示させる。「これ……」私がそう呟くように言うと、遼大が頷く。「あれだけ大きいトラックだからな、Nシステムを抜けられる訳が無い」遼大にそう言われて私も頷く。「それはそうね」遼大はタブレットにそのファイルから取り出した経路と、地図を重ねる。「あのトラックが普段からミラトリウム製薬と取引があると仮定して」遼大はそう言いながら

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   304話 無力化

    調べはすぐに上がって来た。事故はミラトリウム製薬の薬剤を積んだトラックの前方不注意による横転事故で、一般車両が巻き込まれた形だった。その事故の際に、積んでいたタンクが破裂し、その薬剤を大量に浴びたのがあの運転手だという。「周囲にばら撒かれたであろう薬剤については、現場の処理班が危険性無しと判断出来る濃度だったようだ。だがその薬剤を直接浴びた運転手については重篤な症状が出てもおかしくないな」遼大がそう言う。「そうね……」そう言いながらも私は考える。一体、何の薬剤を浴びたら、あんなふうに赤紫色の血になり、溶血するんだろうか。「手術は上手くいったのかしら」私がそう呟くと、湊が微笑む。「確認して来よう」そう言って湊がオフィスを出て行く。私の脳裏にはEMSOの地下で見た、紫色の煙が浮かんでいた。絶望の王・レプリトールディザスター今もEMSOの地下階にはその薬品が充満している。分析を急がせてはいるけれど、今のところ、打つ手なしとなっている、まさしく悪魔の薬品だ。その絶望の王・レプリトールディザスターの紫色の煙と、ついさっき手術室で見た赤紫色の血がリンクする。千堂の血がそうさせているのだろうか。「事故に遭った運転手の運搬経路が分かったぞ」遼大にそう言われて私は遼大を見る。「そのトラックはどこから来ているの?」そう聞くと遼大が言う。「郊外だ、俺たちが以前、突入したベイサイドパイロットプラントのすぐ近くだな」そう言われて、やはりと言うべきか、あのベイサイドパイロットプラントが千堂家の根城のような気がした。「どうやらあの辺一帯は千堂家の所有地らしいな」遼大がそう言う。不意にスマホが鳴る。遼大がスマホを見て、画面をスクロールしている。「漏れ出した薬剤は、新しく開発した試薬のようだな」そう言って遼大が私に画面を見せてくれる。「見た事無い構造式ね」私がそう言うと遼大も頷く。「あぁ、俺も見た事が無い」私はその構造式を見ながら、ふと気づく。「でも、待って。ここに……」そう言って私が指した箇所を見た遼大が呟く。「レプリトールの変異型か……ヴェノムとはまた違った形だな……」そう言いながら考え込む遼大は研究者の顔をしている。湊がオフィスに戻って来た。「どうだった?」そう聞くと湊が言う。「あぁ、運転手は助かったよ。大量の輸血が

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